羽幌競馬場(北海道)
1929(昭4)年〜1938(昭13)年

かって開拓以前のはぼろの地は、永い間アイヌ民族だけが居住をしていた


倭人が移住してきたのは明治18年であり、翌19年には青森県人の立崎熊次郎らが
20年には石川県人斉藤知一ら20数人が移住し漁業が盛んになってきた


明治27年2月、
羽幌村が誕生し、本格的な原野の開拓が明治29年に
福井、富山、熊本地方など各地からの移住者の入植により始まり
その当時には戸数も約400戸に達したと言われ
今日の実り豊かな羽幌町の基礎が築かれてきた

1929(昭4)年:
羽幌村の南高台に羽幌競馬場が設置される

1932(昭7)年:国鉄羽幌線(古丹別〜羽幌間)が開通し、羽幌炭鉱の採炭開始される


1938(昭13)年:
羽幌競馬場閉鎖される

1970(昭45)年:良質炭を産出することで知られ、大変人気があった羽幌
炭鉱の閉山

ニシン
漁の不振、沿線人口の減少により貨物・旅客の輸送量が減り
1987(昭62)年:羽幌線は日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線であるが
国鉄の民営化直前の最後の
廃止路線となる



北海道苫前郡羽幌町